2008年3月31日月曜日

労働基準法と私

 すみません。前回はブログでは愚痴を言わずに楽しい事だけを書くと言ったにも関わらず、不測の事態により話があさっての方向にイってしまいました。今回からは楽しい事だけを書くことをお約束します。それではまずは近況報告から。

 私、先週死にかけました。(あれ、おかしいな、楽しい事書こうとしたのに頭に何一つ思い浮かばないぞ)。皆さんね、ミュージシャンって輩は酒とバラの日々で毎日パーティーをしながら暮らしてて、適当にギターでも弾きながら奇麗なオネイちゃん達に囲まれて一生をウハウハで過ごすとでも思っているようことでしょう。実際は皆さんが思っているよりも壮絶でバラ色の珍生ネタ満載の生活なのでございますよ。

 私のようなペーペーは、来る仕事は拒まず取っていかなくちゃならないのですよ。それはギグの場所が何百キロ離れていようと同じです。先週は運悪く、移動距離がハンパなくすごかったのです。水曜はニューヨーク、木曜はボストン、金曜はニューヨーク、土曜はメイン州、日曜はニューヨークという上へ下への大騒ぎのてんやわんやの超過密スケジュールだったのです。労働基準法?基本的人権の尊重?へっ、そんな法律はね、売れない野良犬ミュージシャンにとっては永遠に適用されない絵空事に過ぎないのですよ。
 んで、これらの仕事をもちろん全部自分で運転してこなしていったのです。 ざっと計算して、その5日間の走行距離は、なんと1700キロ。 日本のヘタなトラックの運ちゃんよりもよっぽど運転してます。しかも運転だけでなく、演奏という本当の仕事もちゃんとしてます。疲れ切ってます。何日もまともな睡眠時間などありません。これは夜中の4時ごろに二車線の曲がりくねった高速を時速100キロ以上で走っていた時の話でございます。

 私はいつものように居眠り運転をしていました。何の奇跡か、今の今まで壁にこすりそうになった事は数ありましたが、命の危険にさらされたことはありませんでした。その強運の私がハっと気づくと、視野一面に中央分離帯のガードレールの白い死の壁が………

 「死ぬざんすうううううう!」と叫びながら本能的にハンドルを切り、ガードレールに吸い込まれつつある車体をなんとか引き離そうとしました。

 一平はその時、自分の今までの人生を走馬灯のように見たのでございます。0.2秒に短縮しても退屈な人生でございました。

 その刹那の生死の境を車体は右へと曲がって行きました。ブレーキを車の底が抜けるほど強く踏みました。タイヤが大悲鳴をあげ、車体はスリップしながらも止まりました。おそらく居眠りしてる間に右足がアクセルから外れていて、スピードが落ちていたのでしょう。 そして夜中だったので、他の車もいなくて良かった。いたら巻き込んでしまうところでした。

 ああああ、本当に本当に怖かったあああ。ガードレールに花そえて、青春あばよと泣くところだったああああ。実写版ギザギザハートの子守唄になるところだったああああ。ララバイ、ララバイ、おやすみよ、になるところだったあああああ。

 こういう事があるたびにカタギの仕事につきたくなります。でも音楽もそこそこ楽しいしな………。どうぴよっかな………。

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